Kスチームパンク、儒教BLという新ジャンル?『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』

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蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記
超インパクトのある表紙です!『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』

ハン検、TOPIK受験が終わり、やっと読書する時間を取れる~~~!!

試験直後、読みかけの本を横に置き、いっきに読んだ本がこちら。

蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記


蒸気機関が導入され発達した、もうひとつの李氏朝鮮王朝。
ある時は謎の旅人、またある時は王の側近と、歴史の要所で暗躍した蒸気駆動の男=汽機人〈都老〉の彷徨を描くスチームパンクアンソロジー!(amazon商品ページより)

早川書房の新ハヤカワ・SF・シリーズから、2023/6/20に出版されたKスチームパンク小説です。



この本を知ったきっかけ

この本を知ったきっかけは、Twitter(今はXですねㅋㅋ)のタイムライン上で、表紙写真と「よかった!」「面白かった!」というツイートを何度も見かけたことです。
スチームパンク??
これはロボット??
でも韓服を着てる!
「朝鮮」てことは時代モノなの??
ちょっと暗い感じのイラストなところがさらに気になる!!
すぐに読みたくてkindleで購入しました。


この表紙がなかったら、さほど興味を持たなかったと思います。
韓国ドラマ・映画を日本公開する際のデザイン改変は「どうしてこうなった」案件が割と多い(イメージ)ですが、これはなんというか、かなり日本人好みになっている気がする!(主語が大きくなりました。こういうジャンルを嗜好する人の好みにマッチしている、と言った方が適していますね)

韓国版の表紙はこちら。

意外にも韓国版の方が“ピンク”ㅎㅎ


韓国版は、全体のテーマとして語られる 蒸気駆動の男=汽機人(ききじん) がすごく機械っぽいビジュアルですが、日本版だとより人間に近いアンドロイドって印象を受けます。(いや、頭部がアレですが)



著者情報

先述したように本書は、5名の著者によるアンソロジーです。
私自身がK文学やSFジャンルに疎いので、ここはさらっと流します。
経歴や代表作は巻末の作家紹介に記載があるので興味のある方はそちらをどうぞ。

『蒸気の獄』 チョン・ミンソプ
『君子の道』 パク・エジン
『朴氏夫人伝』 キム・イファン
『魘魅蠱毒(えんみこどく)』 パク・ハル
『知申事(ちしんさ)の蒸気』 イ・ソヨン

いずれの著者も過去出版作品があり、特に『知申事(ちしんさ)の蒸気』のイ・ソヨンさんは本作でSFアワード2021中長編小説部門大賞を受賞しています。

また、訳者は吉良佳奈江さん。
本作の「訳者あとがき」がweb公開されています。
(私は読んでいる最中に読んでしまったけれど、読後に読む方がよいかも。でも、購入する前に内容を知りたいという方はどうぞ。5人5色の文体、ストーリーなのでこれを読んだことによって新鮮味が欠けるということはありません)

吉良さんは本書の他にも『韓国が嫌いで』(著者 : チャン・ガンミョン)、『大邱の夜、ソウルの夜』(著者 : ソン・アラム)、『二度の自画像』(著者 : チョン・ソンテ)などを翻訳されています。
私、『韓国が嫌いで』は読んだことあります^^


スチームパンク?

ここまでで何度も出てきた「スチームパンク」ということば。
蒸気機関が実世界よりも著しい発展を遂げた世界が舞台となるのがポイントとなる世界観のこと。
よりコンパクトに高機能化された架空の蒸気機械、人体の機械化などの表現もよく見られます。
連想のしやすさで日本のアニメを例に挙げると『天空の城ラピュタ』『ハウルの動く城』『サクラ大戦』『スチームボーイ』など。

時代的にはイギリスのヴィクトリア朝やエドワード朝の雰囲気がベースとなっていて、イギリス以外の国もこの辺と重なる時代、アメリカなら西部開拓時代、日本なら明治時代から大正時代頃。
近代化を推し進める文明開化的な雰囲気が漂う時代です。
本作『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』で主に語られている時代はこれよりちょっと早めですが、蒸気技術が発達していく流れは「ありそう」。
巻末にスチームパンク朝鮮年代表もあり。(これが実在の人物を程よく織り込んでいて、もうひとつの朝鮮史みがある)


各話あらすじ

<パープル色文字は私の感想・ひとことメモです>

蒸気の獄

1519年「蒸気の獄」という事件が発生。朝鮮王朝は儒教を理念としていた国だが、その解釈の違いなどにより政治家たちの間には党派争いが絶えなかった。中でも劇的な争いを「獄」と言った。
国王とその周辺の動静の記録を行う芸文館に勤めるイ・チョニョンは、一種の謀反とされる「蒸気の獄」を記録するにあたり朝廷内で聞き取りを行うが、事件の核心には「蒸気技術」が関連していた。

冒頭の『蒸気の獄』は短いながらもちょっと難しく感じたので、時代小説はあまり読まないという方は何編か読んでから戻ってくるのもよいかも。


君子の道

朝鮮王朝時代は、厳しい身分制度が敷かれ、農民・商人などの「常民」の下にも「賤民」「奴婢」が置かれた。
「奴婢」は持ち主の財産とみなされ、奴婢の子は奴婢とされ、主人の財産が増えたことになった。
このような時代の中で生き抜いてきた奴婢の父子と、その主人である両班の父子の物語であり、奴婢父子による長い年月をかけた大逆転劇にもまた、蒸気技術がもたらす知恵が関わっているのであった。

いかにも時代劇らしい父子の物語をベースにしつつも、その反面、シンギュラリティーを危惧する現代を映すような話でいちばんSFっぽさを感じた。


朴氏夫人伝

1644年、広原道でふしぎな蒸気機器を作るという「朴氏夫人伝」が、チョンギスを生業とするイ・ジュンオプによって披露され大きな人気を集める。
チョンギスとは、人々に話を聞かせて金を受け取る話売りのことである。
イ・ジュンオプが体験した一夜の物語には「蒸気の獄」の時代からはるかに発達した蒸気技術の描写もあり、また、朴氏夫人が官吏を相手に戦うシーンもあり痛快。

昔話風の語りなのでいちばんとりかかりやすい。文字書きとして語り手の悩みにも共感。
元ネタはこちらのサイトで読めます。

朴氏伝 l KBS WORLD Japanese


魘魅蠱毒

とある村で捕らえられた呪術師キム・スペンは王家を呪いながら血涙を流して命を絶った。後に残されたのは口を聞かない幼い息子がひとり―
県監チェ・ガンヒとその息子ポギョンは不可思議な事件の真相を追う中で、汽機将帥に隠されたおぞましい真実を知り、暗行御史へと報告するが……
オカルト、ホラー味のある点が他の短編と異なり面白い。

冒頭に出てくる短い話は18世紀に書かれた『星湖僿說(せいこさいせつ)』から引用されている。

イ·イク(1681~1763)は朝鮮後期実学の巨頭として、官職をせず学問だけに専念した一生を送った。
イ·イクが普段読書を通じて習得した知識を、83歳で生涯を終えるまで整理していたことを弟子と子孫が整理したものが『星湖僿說』である。 著述の規模は30冊だが、著者が最初に残したのはこれよりさらに規模が大きかったものと推定される。
参照[ネイバー知識百科]


大きな〈力〉が求められる理由はそこですよね~~~という話。
蒸気技術がもたらす光と闇を垣間見られるところが好き。
蟲毒の方法はよく聞くものだし、狗神とも似ているけれど、それを〇でやるのがエグいですね。


知申事の蒸気

ドラマでもよく知られる国王イ・サンと、その右腕ホン・クギョンの間に秘められたドラマと感情を描く。
1779年、長らく王の寵愛を受けたホン・クギョンが実は定規技術で動く汽機人である事実が発覚し、破壊されるに至る。
歴史小説と時代小説の間を絶妙な振れ幅で行き来する物語であり、日本でも2021年内に本作品に着目したSFファンが「出版社、編集者の方の目に留まりますように。」との言葉をあげていた。

SFアワード2021中長編小説部門大賞 作家のことばより
동시에 이 소설은 BL(Boys Love)의 특징을 많이 가지고 있습니다. 정확하게 유교SF로 읽어주신 독자분들과 정확하게 BL로 읽어주신 독자분들이 모두 많았습니다. 심사위원분들도 유교BL을 사랑해주셨다고 생각하니 마음이 기껍습니다.
同時にこの小説はBL(Boys Love)の特徴をたくさん持っています。 正確に儒教SFで読んでくださった読者の方と、正確にBLで読んでくださった読者の方が多かったです。 審査員の方々も儒教BLを愛してくださったと思うと嬉しいです。


とにかく読んでくれ。脳から蒸気が吹き出すぜ。
ホン・クギョンが発見されるところから、朝廷の生活に馴染んでいく過程、妹ちゃんとの日々も愛おしい……


随所に登場する回回人・都老とは?

各短編に登場する人物が「都老(トロ)」である。
都老は西域から朝鮮にやって来た回回(イスラム)人と言われ、人のように動く汽機人をつくる蒸気技術者だと伝えられているが、その彼自身が蒸気アンドロイドだと噂されもしていた。

朝鮮王朝実録の中には下記のようにいくつかの記録がある。

태종(太宗)실록 13권, 태종 7년 1월 17일(1407年)
日本の丹州の使者が宮殿に出て別れの挨拶をした。 回回の沙門(出家した僧侶)都老が妻子を連れて一緒に来て滞在することを願うので、王が命じて家を与えて住まわせた。

세종(世宗)실록 15권, 세종 4년 2월 1일(1422年)
回回教の沙門・都老に米5石を降ろした。

この本をおすすめしたい人は

①時代小説が好きな人
時代小説=過去の時代背景を借りて物語を展開する
歴史小説=歴史上の人物や事件をあつかい、その核心に迫る小説
という一応の定義があるそうですが、程よいフィクションを織り交ぜた歴史モノ小説やドラマが好きな人は、本作の世界観に違和感なく入り込めて楽しいと思います。


②想像するのが好きな人
小説は文章で書かれる状景を自分で映像化しながら読んでいくものではありますが、本作は特に、挿絵がない(上に朝鮮時代でスチームパンクものな)ので汽機人や蒸気技術を想像することになります。
人によって思い描くものが違うので、本書を読んだ人と「自分が考えた汽機人」像を共有するとおもしろいかも。



おすすめしたい人は上記の通りではありますが!
時代もの、Kスチームパンクというジャンルにこだわらずに!
なんか難しいな~合わないな~と感じたら、「とりあえず次の作品に行ってみるか~」 ということもできるアンソロジー形式なので、この記事でちょっとでも興味が湧いたら読みに行っていただけると嬉しいです♡


紙の書籍も購入

kindleで読了したのち、たまたま立ち寄った本屋さんで新書版を発見。
実物を見て手に取ってみて、たまらず紙の本も購入してしまいました。

新書版の『蒸気駆動の男』
新書版のサイズ感、帯も◎透明のやわらかいビニールカバーもついてくるんですよね~。
「背」のフォントが新書っぽい(良)あと、本文の紙はクリーム色なんですが、天・小口・地が濃い茶色で古書っぽいのが最高。
二段組……(良)

紙書籍の良さ、この質感。
そして、「あの部分、いまこの瞬間にさくっと読み返したい!」という時に、紙書籍のほうがパラパラッと探せるのもよいです。

結果的に2冊買ってしまいましたが後悔はない!