ヨン・サンホ作家 劇場版『謗法(ほうぼう)』公開前インタビュー記事

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韓国では7月28日から劇場公開、8月12日からVODサイトで販売が開始されている映画『謗法(ほうぼう)』。
劇場公開前にアップされていたインタビュー記事をまとめてみました。


https://www.chosun.com/entertainments/entertain_photo/2021/07/21/K3KB43BTK4LTIQG3ERDUBSX55M/

https://m.sportschosun.com/news.htm?id=202107220100160300010175&ServiceDate=20210721

https://sports.chosun.com/news/utype.htm?id=202107220100160310010176&ServiceDate=20210721

https://sports.chosun.com/news/utype.htm?id=202107220100160350010178&ServiceDate=20210721


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映画の脚本を書くようになったきっかけについて

謗法師ペク・ソジン(チョン・ジソ)のかっこいいカムバックエピソードを作ってみたかった。
そこで、映画的に作ったらどうだろうかと。
映画は動的な要素が必要だったんだが、直感的に在此矣が思い浮かんだ。
ドラマのシナリオを書きながらたくさん調べ物をしたんだけど、特に韓国の伝統的な妖怪を探してみた。
超自然的な存在が多いんだ。
その中のいくつかに関心を持つようになって、在此矣について好奇心が湧いた。
在此矣はゾンビではなく呪術者に操られる死体。キョンシーみたいな存在だと。
キョンシーも道士に操られているじゃないか?
在此矣もそんなものだと考えた。


『謗法』の世界観に込められた究極的なメッセージについて

私が書いた作品に共通するテーマだと思うが、実は長い間仕事をしながら、果たして私は主体的に動いているだろうか?という疑問を持っていた。
小学校に通っていた時は夢が歯科医になる事だったんだけど、それは両親が歯科医になればいいと言っていたからだ。
もちろんその後の成績を見ても歯科医になるのは難しいと気づいたけど。
私と言う存在を思い浮かべると、主体的に動いているんだろうがイデオロギーの中で動いているようだった。
私の作品の中の宗教的な話を取り上げたものがある。
重さは異なれど、少しずつ 何かに操られている ということを思い続けて来たようだ。
操る力や操られる存在に関心が高く、それで『謗法:在此矣』で扱ってみた。



『謗法:在此矣』を直接演出しない理由について

2年前に『地獄(지옥)』というウェブトゥーン作品をチェ・ギュソク漫画家と共に作った。
私が書いた文章を漫画で表現した部分が新鮮でよかったんだ。
同じ時期に出たドラマ『謗法』も同じだった。

作家になったら監督と異なり、また新鮮で面白かったんだ。
期待しながら待たされる部分があった。
そして私が作品を演出する時も参考にできる部分があった。

いま、映画・ドラマ方面のエンターテイメント環境が急変している時期だと思う。
この時期に試せることは多く、その中で何かが新しく変化して市場で場所を取れると考え続けてきた。
ただ個人ができることは時間的・物理的に限界がある。
エンターテイメント業界に携わる者として、私のシナリオを違うアーティストに任せることも、または違う人が書いたシナリオを私が演出することも面白そうだ。
これからどれだけ活動できるかわからないが余力がある時、いろいろな経験をしたい。



「ヨンニバース」構築、高い期待感がプレッシャーになる

ヨン・サンホ作家は『釜山行(부산행)』『半島(반도)』、そして『謗法』シリーズまで自身だけの「ヨンニバース」世界を構築した。
彼は「ヨンニバース」という言葉が作られてきまり悪いと言う。

(『謗法』は)ヨンニバース作品ではなく、独自の世界観を持っていると思っている。
何よりも私個人が作ったと考えておおらず、演出を担った監督、俳優たちが作っていった過程だと思う。
実際にもドラマでチョ・ミンス先輩が演じたジンギョン道士など、前作が以降の世界観に影響を与えることも多い。
こんな世界観に大きな面白さを感じるなら作品が続けられるだろう。
トランスメディア*1の長所のようだ、と語る。



高い期待感について

当然プレッシャーにならないわけがない。
作家として関心を受けられるのは本当に幸せな事だ。プレッシャーより幸福感の方が大きい。
一時はいくら仕事をして作品を作っても関心を持たれなかった時もあった。
関心と期待値がどれだけありがたい事かよく知っている。
そして期待値をもらうだけの結果を見せたいという思いが増えている」


いつも話しているが期待値以上の何かを見せようとすればするほど失敗もついてくる。
反対に安定感を選べばそれだけつまらなくなる。
創作者としては面白くてユニークさのある事のためにチャレンジし続けることが正しいと思う。
安定的な部分を選べばこの仕事を選ばななかっただろう、と自負心を伝えた。




『謗法』はキョンシーを思い浮かべて作った独創的存在

『釜山行』当時、ゾンビの動きを作る部分が難しかった。
西洋のゾンビをそのまま韓国に持ってきて使えばよいという問題ではなかった。
韓国の観客に受け入れられる動きが必要だと、その悩みの末に出たゾンビが『釜山行』だった。
そして『釜山行』『半島』のゾンビと『謗法:在此矣』の在此矣の概念は違う。


在此矣は칼군무(刃物を扱う人々が少しのズレもなく舞う群舞)のような感じがある。
もちろんキム・ヨンワン監督、ジョンヨン振付家と共に、はじめて在此矣を具現化する時はどうやって見せるか心配もした。
しかし、その時キョンシーを考えた。
キョンシーは凍え死ぬ死体じゃないか?
その動きをどう作ったのか、多くの事を考えた。
結果的にキョンシーの動きをはじめて作った人たちが選んだのはユニークさだった。
年十年経っても(「キョンシーと言えば」という)記号になった動きじゃないか、と感嘆した。


続いて、「とてもユニークな事と、またはその反対の、非常に幼稚なところは紙一重だと思う。みんな、そんな挑戦に先立って批判を聞くことを恐れる。
だから私はキョンシーの動きをはじめて作った人たちの思いで在此矣をデザインすることを願った。結果的に面白くユニークな在此矣が誕生したと思う」と自信を示した。





「강시」をNAVER検索してみるとこんな画像が出てきました。
https://terms.naver.com/imageDetail.naver?cid=41882&docId=1629672&imageUrl=https%3A%2F%2Fdbscthumb-phinf.pstatic.net%2F1554_000_1%2F20121023164248822_HJOSRQ5LL.jpg%2Fs_aa14_46_i1.jpg%3Ftype%3Dm4500_4500_fst_n%26wm%3DY&categoryId=41882




강시の動きも今作の見どころです!
もう少し読みたい記事をストックしているので、読み終えたらVODで視聴する予定です( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )



mongolia.hatenablog.com


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